日記
2025-03-02だんだん暖かくなってきましたね。
今日は対位法みたいなアプローチで曲を作ってみようとしました。
しかしあまりに難しいので流石に投げました。
フーガみたいな感じで、ちょっとずつタイミングをずらしながら重ねていこうとしましたが、複雑さがとんでもない。
コードによる理論がいかにシンプルで分かりやすいか実感しました。
ただ、同じオーケストラ編成でも、簡単なアルペジオをまず置いてから作り始めた時は割と作りやすかったです。
アルペジオを先に置いたことでコード進行がまず生まれたというのが大きいですね。
コードが分かれば鳴らす音の方針が決まるので他のパートも作りやすくなります。
仮に最終的にメロディの集まりのように聞かせたい場合でも、先にコードを作るべきかもしれません。
まず主旋律とコードを作って、コードの中を操作してメロディっぽくするとか。
あるいはアルペジオをまず作って、それをいじるとか。
アルペジオって偉大ですね。
アルペジオのいい所は作りやすい上に動きが付けられるところです。
コードだけだと動きが少ないですし、メロディは少し作るのが難しいですが、アルペジオは両方の問題の折衷案的存在です。
アルペジオまで行かなくても、コード感のあるメロディは作りやすさを感じます。
コードによって自分は前後の流れを感じているので、コード感が分かれば次の展開の候補が絞れます。
コードトーンを順に鳴らしながら間を補完したりしなかったりするパターンのメロディがまず考えられますね。
ジャズのアレンジなんかもこういうので作ってる気がします。
あとは、コードのトップノートをそのままメロディにして、これの間をまた補完したり装飾する場合ですね。
でも僕はメロディメーカーでは無いですね。
コードは分かるし、その3rdや7thをトップノートにしてメロディ感を出したり、その間を繋いだり、分散和音的にメロディを作るのは出来ます。
が、特徴的なものになる訳ではないです。
コードの方を素直じゃない感じにするのは好きなので、それにつられて不思議なメロディになったりはします。
しかし、メロディメーカーのメロディはそういうんじゃないですからね。
歌を歌う習慣があったりすると、気持ちのいい声の動きを体が覚えて、メロディに強くなるかも。
今まで比較的クローズドなボイシングでずっとやって来ましたがそろそろオープンなボイシングもやってみようかな。
コンパクトな響き好きなんだけど、豊かな感じが欲しい時もあるし。
あ~……もっと作らないとな……
掴めて来てるから確実なものにしたい……
絵がいちばん楽しかった時期もこんな感じだったな。
今は定着したから良くも悪くもこういうソワソワは無いけど。
発見があってそれが確実なものと思ったらこのサイトに書き留めたいですね。
過去記事もしっかりメンテして、常に参考にできる状態を維持したい。未来の自分のためにも。
プライベートのメモ帳にはObsidianってのを使っています。
が、これの理念に徐々に共感出来なくなってきてまして……
情報を分類せずにリンクで繋げることで埋もれなくなるというのが主な方針のようです。
さらに、リンクしやすいように細かい記事の単位は細かくすることを推奨されます。
再利用性を高めるためのようです。単一の情報ならどこで引用してもいいと。
逆にひとつの記事に色々纏まってると、その記事へのリンクがしにくいからと。
こんな感じなんですが、あまり自分には向いていないようで。
そうしたところでやっぱり普通に埋もれます。
というか見に行かないですね。
リンクを辿らないと目的の情報に辿り着かないですし。
細かい単位になってるせいで、「あれについてざっと思い出したい」と思っても、一つにまとまってないし。
一つ一つの記事がしっかり整理され、ある程度の情報のまとまりを持ちつつ存在しているべきなのではないかと思いました。
また、分類も正しくなされているべきなのではないかと。
分類的なやり方は数が増えてくると管理出来なくなるとのことですが、管理対象の数はむしろ絞るべきなんじゃないかと思うのです。
何でもかんでも投げ込むのがそもそも間違いというか。
きっちり整理された記事になるまではドラフトとして分類に含めずに、ちゃんとまとめて永久保存版と思ったら分類に投げ込めば数を絞れます。
そうすれば質の高い情報群を形成出来そうな気がします。
細かい単位で記事にしないことでも数を抑えることが出来ます。
数を抑えれば管理コストが減るので、過去記事を含めたメンテを可能にします。
数が多いと結局放置されて古い情報が紛れ込みます。
では記事になりきれないまま消失するメモが大量に生まれてしまうのではと思うでしょうが、それでいいのではないかなと。
全部拾う必要はありません。大事なものだけでいいのです。